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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)61号 判決

原告 株式会社渋谷西村総本店

被告 渋谷税務署長

訴訟代理人 高梨鉄男 ほか四名

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  主位的請求について

本件訴えの適否について判断する。

1  不服申立前置の有無について検討する。

原告が、昭和四六年六月三〇日付本件各処分につき、昭和五〇年六月九日被告に対し異議申立てをしたところ、被告は、同年八月二二日異議申立期間を徒過していることを理由に、これを却下したこと、そこで原告は、同年九月一一日国税不服審判所長に審査請求をしたところ、同所長は、昭和五一年一月二七日適法な異議申立てを経ていないことを理由に、これを却下したことは当事者間に争いがない。そして、本件各処分の通知書が昭和四六年六月三〇日原告方に送達されたことについては、原告もこれを明らかに争わないので自白したものとみなされる。

ところで、国税通則法七七条一項によれば、更正処分に対する異議申立ては、処分にかかる通知を受けた日の翌日から起算して二月以内にしなければならないのであるから、原告において昭和五〇年六月九日した本件各更正処分に対する異議申立てが右不服申立期間を徒過したものであることは明らかである。

そこで、原告が右不服申立期間を徒過したことについて同条三項所定のやむを得ない理由があつたか否かにつき検討すべきところ、原告は、本件各更正処分当時、その理由附記のないことを理由にこれを争う余地がなかつたのであるから、本件の場合には同法七七条一項の適用はなく、同条四項の規定により一年の不服申立期間を徒過したことについて正当な理由があるか否かを問題とすべきである旨主張するのである。しかしながら、同条四項は、処分の知、不知に拘らず処分のあつた日の翌日から起算して、一年を経過した場合には、正当な理由のない限り、不服申立てをすることができない旨定めた規定であり、本件のように原告が処分当時その通知を受けており、そして、右処分にかかる通知を受けた日の翌日から起算して二月を経過する日(すなわち、不服申立期間満了日)が、「処分のあつた日の翌日から起算して一年経過した日」以前に到来する場合においては、当該不服申立期間遵守の当否は、もつぱら同条一、三項の定めるところによるのであつて、同条四項の適用される余地はないといわなければならない。

原告は、更に、本件各係争事業年度についてはいずれもやむをえず白色申告をしたのであるけれども、被告において右事業年度に先行する昭和三九ないし同四一事業年度についてなした青色申告承認取消処分を職権で取り消した以上、これを青色申告として取扱うべきであり、白色申告に対してなされたものとして理由附記のない本件各更正処分についても被告において取り消すべき義務があるにも拘らずこれをなさないため原告は不利益を被つているところ、このような原告の不利益の存続する限り国税通則法七七条一ないし三項は適用されないと主張する。しかしながら、原告が主張するように、先行する事業年度についてなされた青色申告承認取消処分が職権により取り消されたからといつて、後の事業年度についてなされた白色申告に対する更正処分が違法となると解すべき根拠はないから、課税庁において右更正処分を職権により取り消すべき義務があるとの原告の主張は独自の見解であり、到底左袒することはできない。なおまた、原告は、本件各事業年度についての確定申告が、既に被告によつてなされた青色申告承認取消処分によつてやむなくいわゆる白色の申告書により提出せざるを得なかつたこと及びそのことの故に本件各更正処分に対しては理由附記のないことを理由に争う余地が全くなかつたこと等の事情をとらえて、右事情が本件各更正処分の不服申立てにつき国税通則法七七条一ないし三項の適用を排除すると主張するもののようである。しかし、更正処分に対する不服申立ては理由附記の有無のほかに課税標準の認定に関する瑕疵についても争い得ることはいうまでもないところであり、かつまた、青色申告承認取消処分がなされた後の事業年度について納税者側において青色申告すべき権利があると当該税務署長に対し抗争し、提訴すべき法律上の手段もないわけのものではないから、原告においてこれらの権利主張を怠りながら、これによつて招来した不利な結果をあげつらうのは当たらないというべきである。

したがつて、本件においては、原告の主張するような事情が、同条三項のやむを得ない理由に当たるか否かを判断すれば足りると解するのが相当である。

国税通則法七七条三項にいう不服申立期間徒過についての「やむを得ない理由があるとき」とは、同条項がその事由として「天災その他」を例示していること、右不服申立期間を設けた趣旨が租税法律関係の早期確定を図るという点にあることに照らすと、単に不服申立人の主観的な事情では足りず、申立人が不服申立てをしようとしても、その責めに帰すべからざる事由によりこれをなすことが不可能と認められるような客観的な事情の存在を意味するものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、原告が、法定期間内に異議申立てをなし得なかつた理由としてるる主張する事情は、結局のところ、原告が本件各処分について処分当時異議申立てをしなかつた主観的意図を説明しているに過ぎず、その事情は既に説示したとおり、不服申立での客観的障害とはいえないのであつて、右「やむを得ない理由」に当たるということはできない。

そうすると、原告の異議申立てを却下した被告の決定並びに審査請求を却下した国税不服審判所長の裁決は、いずれも適法であつて、原告の本件訴えは国税通則法一一五条一項所定の審査裁決を経ないで提起された不適法なものということができる。

2  次に、原告は、本件各処分につき不服申立手続を経ないことについて正当な理由がある旨主張するが、既に説示したように、原告は昭和四六年六月三〇日本件各処分にかかる通知を受けていたものであり、本件訴えが提起されたのは昭和五一年四月一七日であることは記録上明らかであるから、仮に、原告主張のように本件において行政事件訴訟法八条二項三号所定の正当な理由があるとしても、本件訴えは、同法一四条一項所定の出訴期間を徒過した不適法な訴えといわざるを得ない(同法一四条四項の規定は、適法な審査請求があつた場合にのみ適用されるものであることはいうまでもない。)。

3  以上のとおり、本件訴えは、いずれも審査裁決を経ていないものとして、ないしは、出訴期間を徒過したものとして不適法というべきである。

二  予備的請求について

本件訴えの原告適格の有無について判断するに、原告が、既に本件各処分にかかる税金を納付したことについては当事者間に争いがない。

ところで、納税者が、課税処分を受け、当該課税処分にかかる税金を未だ納付していないため滞納処分を受けるおそれがある場合には、右課税処分の無効確認を求める訴えの原告適格(行政事件訴訟法三六条)があると解することができるが、本件のように、原告において既に税金を納付している場合には、もはや滞納処分を受けるおそれはなく、原告としては本件各処分の無効を前提として既納税金返還を求める訴えを提起することにより、その目的を達し得るというべきである。

そうすると、原告には本件各処分の無効確認を求める原告適格がないから、本件訴えは不適法といわざるを得ない。

原告は、本件各係争年度以降において、本件各処分と同一の理由による更正処分を受けるおそれのあることをもつて、本件各処分に続く処分により損害を受けるおそれがある場合に当たる旨主張するが、仮に、将来、本件各処分と同一の理由により更正が行われる可能性があるとしても、かかる処分は、本件各処分と全く別個独立の処分であつて、本件各処分の無効確認判決によつてこれを阻止し得る関係にはないから、これをもつて行政事件訴訟法三六条所定の「当該処分又は裁決に続く処分」に当たるということはできず、原告の右主張は失当である。

三  よつて、本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下薫 佐藤久夫 高橋利文)

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